カステラの起源

長崎に本店のある超有名なお菓子屋さんから、コンタクトをいただきました。
詳細は不明ですが、原稿のご依頼とのことです。

数年前から日本のカステラファンの我が家の南蛮人曰く。カステラづくりの最初の作業は卵白を泡立てることらしいのですが、その作業をポルトガル語で、「bater o castelo;叩いて城を作る」といいます。
「カステラ」の語源は、一般に「カスティーリャ」であると言われていますが、「カステラ」自体の起源は、ポルトガルのお菓子「パン・デ・ロ(生焼けカステラ)」であるのは明らかです。
なぜポルトガルのお菓子を「カスティーリャ」と呼ぶのかという謎については、諸説あります。一般的なのは、1580年以降、スペインとポルトガルはフェリペ二世のもと、同君統治状態に置かれますので、ポルトガルはカスティーリャの一部とみなされ、そういう風に呼ばれたというもの。でも実際には、日本の史料でも、南欧の史料でも、この両国は1580年以後もはっきりと区別されていますので、「混同」と考えるのは、やや難しく。
その他、ポルトガルの菓子をスペイン人の宣教師が広めたという説もあったかな?

でも「卵白を泡立てる」作業が日本人にとって珍しく、あのふっくら感もそれが大きな理由であることを認識した日本人が、「あの卵の白身を泡立てる美味の南蛮菓子」というイメージで「カステロ」といい、それが「カステラ」に訛ったとしたら、「カスティーリャ」よりもしっくり来るんですけどね。
[PR]
by mihokodesousa1 | 2015-07-17 22:55

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など


by mihokodesousa1