書評ではないけれど

現在講義で使っている大橋幸泰著『潜伏キリシタン 江戸時代の禁教政策と民衆』の序章が、いまさらながら素晴らしいと思う。本書ではこれまでほとんど明らかにされていない「潜伏キリシタン」の実像に迫るだけではなく、江戸時代の禁教政策も、中央ではなく地方レベルで細かに検証されています。
とりわけ「序章」がすごいと思うのは、これまでのキリシタン史ではおおっぴらに言うことが許されていなかった、ゆえにいまだヨーロッパ中心主義的なおかしな議論に戻されがちな、核心的な「研究史上の問題」を、ソフトかつ鋭く指摘している点でしょうか。
「”隠れキリシタン”の宗教活動が”異端”的な土俗信仰であるとする評価は、キリスト教はこうでなければならない、あるいはこうであるはずだ、などという思い込みによる評価ではないか」(14頁)

16世紀の布教記録にもみられる、キリシタンの土俗信仰(宣教師からみた「偶像崇拝」)の維持は、日本特有の現象ではないし、おそらくキリスト教が紀元後伝播した、ヨーロッパ含むあらゆる地域でみられたものです。教義を指導する側の人間さえも、教える内容を土地の文化と宗教に適応させざるをえなかったという事実は、ある意味普遍的な現象であるといえます。「適応方針」というのは、ヴァリニャーノ独自の思想でも、方針でもないのでしょうが、それを神学上合理的なものに見せかけることに成功し、布教の全体方針として是認させたという点では、彼のルネサンス人としての知識と賢さと、それを生かせる器量のたまものであったということはできると思います。

この点を意識しながら、イエズス会書簡を読むと、今までとは違う読み方ができますし、訳出する上での訳語にも、もっと注意を払わねばならないと自戒します。
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by mihokodesousa1 | 2015-11-17 14:06 | 日々つれづれ

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など


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