バテレン追放とキリシタン弾圧

新しい本の執筆依頼をいただきました。ただ今、原稿依頼ボックスには、たんまりと企画書が入っています。あまりに長い間ためこんでいるので、担当編集者の方が退職したり、別の部署に移動されたというお知らせも、相当いただいております。出産した女性編集者の方が退職されたというのを聞くのは、けっこう切ないです。確かに編集の仕事は本当にハードそうで、子供を生み育てながらっていうのは、不可能に近いのが現実なんだろうな、と思います。それに比べると、私のストレスなどは、恵まれた者の悩みなのかもしれませんが。昨日歯医者で、ストレスが原因の歯軋りを指摘されました。
ほとんどの本は南蛮貿易関連ですが、今回のご依頼は、「キリシタン」でした。ここ数年、自分でも重点を置いているので、単純にうれしい。
閑話休題。
江戸幕府のバテレン追放とキリシタン迫害は、同じ流れにある(ようにみえる)ので、当然同じ要因を起因とすると考えられてきましたが、最近、これは別々に考える必要があることなのかもしれない、と思いはじめました。流れとしては、確かに繋がっているのですが、宣教師を日本から追い出したかったのは、主に経済的要因で、キリシタンを迫害し、徹底的に取り締まるのは、体制の維持のためであったのではないか、ということです。
バテレン追放と、キリシタン弾圧の徹底開始の間には、実は少しだけブランクがあります。そのブランクを考えるのが、相当大事なように思われます。
[PR]
by mihokodesousa1 | 2015-12-12 01:30

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など


by mihokodesousa1