カテゴリ:日々つれづれ( 7 )

奴隷について

従軍慰安婦を「性奴隷」と表現した研究が「捏造」と糾弾された件に関して、最近裁判所が無知・無能を露呈する判決を言い渡していましたが・・・。
そしてタイムリーにも、アイドルグループの解散騒動に関して、紙面で「奴隷」という言葉が踊ってます。彼らが「奴隷」だという捉え方は、ある意味正しい、と思います。
この際、日本社会は、世界の奴隷の概念と実態の歴史について、しっかりと勉強するべきなのではないでしょうか。
日本語の「奴隷」という言葉に付随するイメージと、世界史研究上の「奴隷」は、まったく異なるものです。
奴隷だって、賃金をもらうのは当然。「無賃金で死ぬまで働け」って言われて、誰がまともに働こうと思うのか。
賃金をもらっているから、奴隷ではない、という理解は、世界史では通用しません。
そんなわけで、この記事で紹介されている本がとっても気になっています。
奴隷はなぜ逃げないのか SMAPの独立騒動から
そもそも日本の年季奉公だって、世界史の基準でいうと「期限付き家事奴隷」の範疇にあてはまるのですから。
書いているときは、この分野専門のフリーライターになろうかと思ったほどの、南蛮菓子エッセイもついに入稿し、今から日本人奴隷の本の仕上げにしばらく粉骨砕身します。約束から2年も過ぎてしまったので、もう出版社は受け取ってくれないかもしれないけど。やるだけやってみよう。
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by mihokodesousa1 | 2016-01-21 22:17 | 日々つれづれ

書評ではないけれど

現在講義で使っている大橋幸泰著『潜伏キリシタン 江戸時代の禁教政策と民衆』の序章が、いまさらながら素晴らしいと思う。本書ではこれまでほとんど明らかにされていない「潜伏キリシタン」の実像に迫るだけではなく、江戸時代の禁教政策も、中央ではなく地方レベルで細かに検証されています。
とりわけ「序章」がすごいと思うのは、これまでのキリシタン史ではおおっぴらに言うことが許されていなかった、ゆえにいまだヨーロッパ中心主義的なおかしな議論に戻されがちな、核心的な「研究史上の問題」を、ソフトかつ鋭く指摘している点でしょうか。
「”隠れキリシタン”の宗教活動が”異端”的な土俗信仰であるとする評価は、キリスト教はこうでなければならない、あるいはこうであるはずだ、などという思い込みによる評価ではないか」(14頁)

16世紀の布教記録にもみられる、キリシタンの土俗信仰(宣教師からみた「偶像崇拝」)の維持は、日本特有の現象ではないし、おそらくキリスト教が紀元後伝播した、ヨーロッパ含むあらゆる地域でみられたものです。教義を指導する側の人間さえも、教える内容を土地の文化と宗教に適応させざるをえなかったという事実は、ある意味普遍的な現象であるといえます。「適応方針」というのは、ヴァリニャーノ独自の思想でも、方針でもないのでしょうが、それを神学上合理的なものに見せかけることに成功し、布教の全体方針として是認させたという点では、彼のルネサンス人としての知識と賢さと、それを生かせる器量のたまものであったということはできると思います。

この点を意識しながら、イエズス会書簡を読むと、今までとは違う読み方ができますし、訳出する上での訳語にも、もっと注意を払わねばならないと自戒します。
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by mihokodesousa1 | 2015-11-17 14:06 | 日々つれづれ

女性研究者のワークライフバランス 2

同じテーマについて、以前にも書いたことがありますが。

子持ちの女性研究者が、世間から忘れられたくなかったら、学会活動で頻繁に顔を見せるか、さもなくば苦しくても執筆は続ける、の二択だと思います。
もう忘れられても良いから、育児をしっかりやりたい、という方は、どっぷりそれを前面に出すので良いと思います。ただしそんな贅沢は、テニュア付有職者限定で、そうでなくて、研究でいつかは身を立てたい院生、ポスドク、非常勤講師、任期つきポジションでは、そんな悠長なことは言ってられません。
「女性研究者の」といっても普遍化できず、やはりその在り方は、個人の置かれた環境に大きく左右されるのです。
いずれの場合でも必須なのは、イクメンの夫。夫がイクメンでないなら、ほぼ不要です。
次にあれば良いのは実家の助け。これがある女性研究者は結構多いです。精神的にもあるとないの差は大きい。保育園の送迎・夕ご飯まで、自分の両親がやってくれているという話も、ちらほら。それでは、いつ自分の子供と関わるんでしょうか。持っていない者のやっかみですが。
我が家は実家の助けは一切ありません。ですのでピンチのときは、シッターさんを頼みます。でもほとんどのシッターさんは初めて会う他人だから、自宅に帰ると、泣き喚いて憔悴し、お昼ご飯もロクに食べてなかった、ということがあります。そういうのを見ると、非常に罪悪感が膨張します。ですので、我が家は年に数回しかシッターさんを頼みません。夫婦ともに仕事がある週末は、大事な方を優先させ、他方は諦めます。どうしても頼まないといけないときは、家族それぞれ断腸の思いです。

子供がくれる幸せは絶大ですが、子供を抱えての研究生活が幸せと思ったことは一度もありません。歯を食いしばっての修行、にかなり近い感覚です。たぶんこれを乗り越えると、人間として一回り大きくなれると思います。

それほど恵まれた環境ではない中で、自分の精神をまともに保つには、どのようなステータスにいても、育児と仕事のバランスについて自分でルールを決め、基本的にそれにのっとって生活する、です。
私はこの状況になって、マタハラらしきものも経験し、結局自分がどんなに現役のつもりで、業績も人一倍頑張っていても、子持ちであることを理由に戦力外とみなされることがある、というのを理解しました。だから、土日は基本的に外では働きません。平日も時間が限られているので、他人のためのお仕事はしませんし、顔つなぎにも興味がありません。こういうスタンスで引きこもりとか、無愛想とか、集団の利益の向上に寄与していないとか言われても、全然構いません。その結果、PJから外されても、仕方ないと割り切れるようになりました。
もしこのテーマで悩んでおられる方が読んだなら、ひとこと。
研究者は、最終的には、組織やネットワークの力ではなく、自分の全力で残した仕事だけが残る、と信じてます。だから、どうやったら後に残る仕事が出来るか、それを自分の頭で全力で考えてください。結果を出していれば、必ず誰かが見てくれています。
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by mihokodesousa1 | 2015-05-08 23:16 | 日々つれづれ

7ヵ月ぶりに原稿を読む

現在、7ヶ月間放置してあった「大航海時代のアジア」がテーマの原稿120枚を読み直し中。完全に忘れ去っていたので、自分で書いたものとは思えず、意外と面白く読めます。インド洋、アフリカあたりの知識は付け焼刃なので、脱稿前に専門家に読んでもらう必要ありですが。
そういえば11月のCNRS=EHESSの会議は、国際環境に疎い私でも名前だけ知っている、ビッグネームが揃った会議で、小規模なプロジェクトミーティングであっただけに、それぞれの先生と仲良くなれた気がして、大変有益であったのですが、けっこうまだ「16世紀のポルトガル勢力によるアジア海上支配」の言説が根強いのに、新鮮な感動を覚えました。
パリ滞在時期に、ちょうどスブラフマニヤムのコレージュ・ド・フランス教授就任記念講演が重なり、ワークショップの主催者のご厚意で、「普通はフランスのアカデミーの偉い人しかもらえん入場券」というのを入手していただき、コレージュ・ド・フランスの立派な講堂で講演を聴くことができました。
意外にも、自分から国際会議などにエントリーするのは稀なので、本物のスブラフマニヤム先生を見たのは初めて。本に掲載される著者近影で想像していたより、小柄なおじいちゃんでした。
フランス語での講演で、理解不能かと思っておりましたが、使われている語彙がポルトガル語系のものが多く、フランス語をろくに勉強したことがないにもかかわらず、一応聴き取ることができました。
外国人、とくにアジア人がコレージュ・ド・フランスの教授に就任するのは、滅多にないことだそうで、メディアもたくさん来ておりましたし、そもそも会場にいる人が「ザ・アカデミー」という雰囲気で、盛装しているご婦人方も多く、単なる特別講義かと思って行った私はかなり場違いな雰囲気でしたが、貴重な体験でした。
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by mihokodesousa1 | 2014-01-15 14:57 | 日々つれづれ

助教の職位

中国では、「助教」は文字通り、ティーチング・アシスタントで、教職ではありません。
私が今まで出会った、業績的には専任講師~助手レベルではと思う中国人の研究者のタイトルは、だいたい「副教授」。
日本では「准教授」ですね。
これは明らかに対外的なイメージを狙って、底上げしている感があります。
以前、海外の学会でもそこそこ口頭報告や論文発表しているためか、面識はない中国人の「大学講師」の方から、留学の受け入れ教員になってという依頼がありました。留学手続きを色々進める中で、その方は私の職位が「助教」であることに気づき、「中国の研究ファンドなどでは、教員でないと受け入れ教員にはなれないので」と言って、「教授ないし副教授」を紹介してほしいと言われました。
中国ではAssistant Professorに相当する「講師」ですが、まだ博士課程進学まもない在学中で、リサーチ・プロポーザルも、「へ・・・?」という感じのものでしたが、その方にとって私は「自分より身分の低い人間」だったんですね。
私の勤め先では「助教」期間は果てしなく長く(任期がなく、一応昇進制なだけマシなのか)、そのため優秀な人材はそれに耐えきれず、他大学へ引き抜かれてしまうという悲しい現実があります。「助教」は、世間のイメージでは「任期付の明日をも知れぬ大学組織の末端」なのであって、一本立ちした研究者ではありませんし、中国では修士課程の学生が兼任するような職位です。それを考案した文部科学省の役人と諮問委員だった先生方は、そういう点、まったく考慮されなかったのでしょうか。
大学の国際化と謳い、欧米のスタンダードに合わせようとしても、アジアからの学生が欲しい日本のマーケットのニーズにはまったく合致していないし、「助教だけど東大だから」っていうのは、国際的にも日本でも、もはや通用しないことは明白ですが。
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by mihokodesousa1 | 2013-02-26 12:17 | 日々つれづれ

最近のお気に入り

研究とは全然無関係ですが、最近、水曜日に非常勤で出講している都内のS女子大内のカフェテリアでいただく、ケーキセットが気に入っております。
300円で、手作りケーキとおいしいコーヒー・紅茶がセットと格安!学校の雰囲気もあり、教会のバザーでいただくケーキセットのような懐かしい感じ。
最近改装したばかりというのもありますが、東大の汚い食堂と違って、長居したくなること請け合いの快適さです。
ただし、門番のおじさんに厳しく見咎められるので、一般の方は入れません。
最初はミッション系の女子大!敷居が高い!!と思っていたけど、学生は素朴な感じのお嬢さんが多く、慣れてくると、そのこぢんまりさも快適です。
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by mihokodesousa1 | 2012-11-08 22:54 | 日々つれづれ

咲耶会東京支部会

旧大阪外国語大学の同窓会「咲耶会」での講演にご招待いただきました。
会場にいらした方の中には、さっそく本を買ってくださっていた方や、このブログをチェックしてくださっている方がいて、嬉しい驚きでした。
もっとブログを充実させていかねば、と思いました。

講演会には恩師の武田佐知子先生が応援にかけつけてくださり、写真まで撮ってくださいました。
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私の日本語の話し方のマズさに対するご指摘も会場からあり、真摯に受け止めようと思います。
とはいっても、日常でもほとんど日本語を話していないので、話し方教室にでもいかなければ、直りそうにありませんが。

大阪外国語大学はもともと単科の小さな大学で、大学そのものは外国語学部として阪大と合併してしまいましたが、司馬遼太郎や陳舜臣など、有名な歴史作家を輩出している、少数精鋭なところです。
当日、会場にいらした方々も、なかなか風采の立派な紳士・淑女の方が多かったような気がいたします。

会場は学士会館だったのですが、初めて入りました。重厚な雰囲気で、中の喫茶店もなかなか素敵でした。神保町の散歩ついでに、おすすめの場所ですemoticon-0171-star.gif
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by mihokodesousa1 | 2011-02-17 13:05 | 日々つれづれ

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など


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