東方学会で報告して以来、史料の読み込みに集中してきた、アユタヤのポルトガル人投資貿易の論文が、ようやく出来上がり間近になりました。
今回はテーマが18世紀のアユタヤだったこと、タイ語が読めないことで、かなり苦労しました。
いくつかの史料には、ローマ字でタイの干支暦が書かれていて、この解読が大変でした。タイ人の研究者の知人に聞いても、「よく分からない」と言われてしまい。
でも試行錯誤の結果、たぶんこれでいいのだろう、という西暦変換ができました。合っているかどうか確証はないのですが・・・。これは東方学会の方で、英訳してくれるそうなので、少し広範囲な普及が見込めます。

そんなこんなしているうちに、以前このブログでもお知らせしていた、いろは丸とロウレイロの小論が『日本歴史』6月号で掲載されました。
「ポルトガル領事のみた幕末長崎―大洲藩船いろは丸のポルトガル語売買契約書を手がかりに―」。

最近は、原稿用紙30枚程度の小論(雑文)執筆が増えていて、ほぼ毎月全然違うテーマで書いています。
この夏は、カクレキリシタン関係の論文を2本執筆予定。これも初めての取り組みですが、6月に外海でオーラルヒストリーの調査をしてきたので、モチベーションは上昇中。
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by mihokodesousa1 | 2011-07-20 21:59

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など