海域アジア史研究会

研究会の通知です。いつもお世話になっている中島楽章さんとの二本立てで、けっこう充実した内容?になっていると思います。

【海域アジア史研究会10月例会】

日時:2011年10月30日(日)   13:30~17:00

会場:大阪大学豊中キャンパス文法経本館 中庭会議室(建物玄関を入って直進し、中庭へお進み下さい)    

*大阪大学へのアクセス (http://www.osaka-u.ac.jp/jp/accessmap.html)     

豊中キャンパスの地図 (http://www.osaka-u.ac.jp/jp/annai/about/map/toyonaka.html) 
豊中キャンパスの地図の②の建物です。図書館側の入り口からお入りください。


報告者・報告タイトル(敬称略)

報告者:岡美穂子(東京大学史料編纂所)
題目:17世紀~18世紀ポルトガル人のアユタヤ貿易:ナライ王からターイサ王の時代を中心に

報告者:中島楽章(九州大学人文科学研究院)
題目:16世紀末の福建ネットワークと日本列島


内容(岡美穂子):16世紀にアジア間交易を席巻したポルトガル人は、17世紀初頭オランダ東インド会社との勢力争いに敗れ、アジアをめぐる世界史の表舞台からは姿を消した。しかしながら彼らやその子孫たちは、アジアの港市に土着化し、とりわけ他のヨーロッパ勢力の商館と現地社会を結ぶ役割等、交易の重要な担い手であり続けた。アユタヤには16世紀以降、「バン・ポルトガル」と呼ばれるポルトガル人の居住区があり、東南アジアの他の港市と比較しても、彼らのプレゼンスはそれなりに重要であったと考えられるが、実際のところ、アユタヤのポルトガル系住民の実態や、東アジア最大のポルトガル人居住区であるマカオとの関係などは、明らかにされずにあった。本報告では、これまで日本では紹介されたことのない多くの史料を用いて、これらの実情解明に迫ることを目的とする。


内容(中島楽章):14世紀末に成立した明朝の朝貢貿易体制は、16世紀中期には混乱を深め、1570年前後には、海域・内陸アジアの双方で、朝貢セクターと互市セクターが併存する新たな地域システムへと再編された。 この「1570年システム」のもとで、海上貿易の二大拠点となったのが、福建南部の漳州湾と、広東の広州湾である。前者からは華人海商の交易網が南シナ海域にひろがり、マニラではスペイン・ガレオン貿易とリンクした。後者からはポルトガルの交易ルートが、南シナ海・インド洋、および日本へと延びていった。一方で華人海商の日本貿易は依然として禁止されていたが、実際には日本銀を求めて日本に密航する福建海商は跡を絶たなかった。本報告では、中国・日本・西欧史料にくわえ、近年の考古学研究の成果も参照して、16世紀末における福建海商ネットワークの日本列島への拡大と、それに対する豊臣政権の対応を検討してみたい。



*資料代として200円ご用意ください。
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by mihokodesousa1 | 2011-10-17 11:41

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など