DIARIO DE NOTICIAS

先日、ポルトガルの最も伝統ある新聞Diario de Noticiasの副編集長さんが来られて、ちょっとおしゃべりして帰られたときのが、日本特集で記事になりました。結構大きく取り上げていただいております。
記事はこちら
Diario de Noticiasは、文豪ジョゼ・サラマーゴなどが働いていた新聞社で、サラマーゴ以外もたくさんの作家を輩出しているところです。副編集長さん(つまり社のナンバー2)は、私とあまり年齢が変わらない上に、夫の大学の先輩(同じ学科)で、なんと彼のセカンドハウスは我が家の向かい(SETUBALというリスボンからやや南下した町です)と判明し、近所の話題で盛り上がっていたのですが、さすがに敏腕だけあって、きちんとこちらの話を聴きとって書いてくださいました。
とても良い方だったので、また近所で会えたらいいなぁ、と思っています。
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# by mihokodesousa1 | 2017-02-17 22:34

私達が生きている世界

現在の日本とアメリカの関係や、今日ヤフートピックスに出ていた、教科書が「鎖国」という言葉を廃止する件を見るにつけ、つくづく「歴史」は、まさに「現在の政治状況」にものすごい影響を受けてしまうということを感じます。
「鎖国」という単語が適切かどうかは、約半世紀前に議論が始まり、学界では「鎖国」とカッコつきで扱うのが当然になって、もう何十年も経つのですが、それでも教科書レベルで撤廃されなかったのは、それ以外に、江戸時代の日本の対外関係をあらわす適切な表現が見当たらなかったからでしょう。
私個人としては、「四つの口」があったから、日本は諸外国に対して「閉じていない」イメージへと導く風潮には反対です。たった「四つ」しか口がなかったうえに、それらは非常にか細く、厳重にコントロールされたものだったわけで、日本の外から見れば、「閉じている」に等しく、政権維持主体そのものも、そのつもりであったと思われます。
「ほとんど閉じていた」という「現実」ではなく、「ちょっとだけ開いていた」ことを強調して、日本人は国際社会で後進国ではありませんよ、とキレイゴトを植え付けようとしているように見えるのですが。
「異人」の夫と、バタ臭い顔の娘たちと日本で暮らしていると、現代の日本社会や一般的な日本人が、「グローバル化」に対応しているとは、口が裂けても言えないし、実際、外見が理由と思われる差別は、毎日保育園で経験してます。子供たちは正直なので、大人が顔に出しても口に出さないことを、平気で言っちゃうんですね。人種差別が日本だけではなく、普遍的な現象であるのは身に染みて分かってますけど、やっぱり子供がそれに晒されるとツライです。
人種差別というのは、ネーションのある種の生理学的な自浄作用であって、これを改善するのは国境があるかぎり、ほぼ不可能だと思われるのですが、20世紀後半に生まれ、文明的な教育を受けた人は、「これをやっては非文明人」だと教えられているので、表立っては肯定できない。新しいアメリカの大統領選出は、アメリカ人が「文明人」を装うこと、自分たちのプライドを諦め、ともかく「自分と家族の生活を守ること」を選んだ結果なのであろうか、と思うと、やっぱり時代は本当に転換期に入ったのだと認めざるを得ませんね。
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# by mihokodesousa1 | 2017-02-14 23:22

石見銀山世界遺産10周年記念シンポジウム 3月12日

私も一応パネリストで出ます。滅多に脇役の仕事はお引き受けしないのですが(ナニサマ!?)、村井先生が主役なら、村娘その1の役でも喜んでやらせていただきますっ。ぜひ皆様、申し込んでください!申し込まなくても良いから、ともかく石見銀山へ行ってください!いいところですよ〜。遠いけど。

お申し込みはこちら

石見銀山世界遺産登録10周年シンポジウム

会場日本消防会館(ニッショーホール)
住所東京都港区虎ノ門2-9-16 地図
料金制度無料イベント
ジャンル>
事務局石見銀山シンポジウム事務局 お問合せ※当イベントは上記の事務局によって企画・運営されており、(株)ライブアウトは関与しておりません
主催グループよみうりカルチャー

イベント詳細

島根県にある石見銀山遺跡がアジアで初めて鉱山遺跡として世界遺産に登録されて、今年7月に登録10周年を迎える。東京大学名誉教授・村井章介氏の基調講演と世界遺産検定マイスターでもある弁護士の本村健太郎氏を交えたパネルディスカッションを通して石見銀山の魅力と価値に迫ります。


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# by mihokodesousa1 | 2017-02-14 10:56

読売新聞で紹介

2月5日読売新聞の書評欄です。
ザビエルの方は一応こちらから売込みしましたが、
『名著で読む世界史』も同時に紹介されていました。
こちらは私は売り込んでいません。どちらも拙稿が収載されております。
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# by mihokodesousa1 | 2017-02-09 14:48 | 研究業績

『沈黙』は文学作品です

またもや、『沈黙』ネタです。
日経オンラインのこの記事を読みました。記事はこちら

『沈黙』のハリウッド映画版上映が騒がれ始めて以来、ずっと気分が落ち着きません。
今やっと、その原因に気づきました。
『沈黙』はその刊行以来、カトリックの神学者がムキになって反駁するなど、歴史的事実、そしてキリスト教の神に対する解釈の問題が取沙汰されてきました。

しかし、心を落ち着けてみれば、これは遠藤氏の文学作品(つまりフィクションかつ内なるものの発露)で、スコセッシ監督の映像化も、「虚構」なのです。
みなさん、いいですか~。これはドキュメンタリー映画ではないのですよ(自分にも言い聞かせる)。

遠藤氏の原作を読めば、ロドリゴの出身地からして、メキシコの町タスコなのに、ポルトガル人ということになっています。深読みして、当時新大陸に沢山いたコンベルソのポルトガル人一族出身だったとしても、そんな解説は作品中には出てきません。まぁ、出てきていたら、それはそれで大きな問題になっているでしょう。
実際には、来日したイエズス会士には結構コンベルソの人がいたので。あるめー様だけではありませんよ。
ついでに言っておけば、ある人が「日本に来ていた宣教師はみなヨーロッパのエリート」とおっしゃったとか。
そんな人もいたでしょうが、そうではない人もたくさんいました。つまりインドあたりでリクルートされて、商人から宣教師になった方々。彼等は言ってみれば俄仕立てですので、神学的素養が乏しく、発信する書翰も検閲にひっかかるような内容のことを結構書いてしまいます。検閲を経て出版されたのが、今みなさまが簡単に読める『16・7世紀イエズス会日本報告集』の元であるエヴォラ版なるものです。
キリシタンに関するまとまった情報源が、この「検閲後の」エヴォラ版しかないというのは、ある意味研究史上の不幸であると思います。しかも『16・7世紀イエズス会日本報告集』には、結構誤訳、意訳の行き過ぎなどがあり、二重の不幸が生じています。

話を戻すと、遠藤氏は最初から「これはフィクションですよ」とそこかしこで主張しているのです。
なのに多くの人が、モデルとなっている人々について多少の知識を持ち、巧みな遠藤氏の筆力によって、あたかも現実の再現であるかのようにとらえてしまう、という点が、おそらく遠藤氏の意図をはるかに超えて、社会的影響力へと繋がっているのでしょう。原作の発刊当時から、そして現在もまた再燃している問題には、歴史学者は距離を置いてお付き合いする必要があるのです。

とはいえ、私自身は、得失論は別として、「鎖国」は現代日本人のメンタリティに多大な影響を残していると考える人間ですので、あの時代のことを、今まで歴史に関心のなかった方が考える契機になってくれたら良いと思っています。
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# by mihokodesousa1 | 2017-01-31 16:04

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など


by mihokodesousa1
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