日本はポルトガルになるのか?

たまたま、今の日本の状況と、250年前のリスボン大地震後のポルトガルを比較して、日本ももうポルトガルのように復活できないのではと言っている記事を見つけました。

記事はこちら

なるほどと思う面もありつつ、日本とポルトガルで決定的に違うはずの歴史と国民性を、ここでインタビューされている研究者がまったく言及していないのが気になりました。

大航海時代のリスボンはヨーロッパ外の商品がまず最初に荷降ろしされる港として栄えましたが、国自体が、イメージされているように大繁栄したわけではありません。
むしろ優秀な人材や資本が海外へ流出してしまったので、16世紀以降衰退がはじまり、17世紀以降は完全に斜陽に陥ったといえます。
地震が起こった18世紀中頃は、日本とは比べ物にならないほどの、社会的停滞期でした。ただ日本と違うのは、その後、ポンバル侯爵という偉大な宰相が政治改革を含め、社会変革を推進し、その後ナポレオン軍の侵攻を受けつつも、高い文化レベルの国風を20世紀初頭まで維持していたということです。
ポルトガルは、地震のあと、そのまま今の経済危機につながるような停滞に陥ったわけではなく、むしろいったんは復活したといえるはずです。
「ポルトガル人がすっかりおとなしくなってしまったのは地震のせい」などと想像の行き過ぎた記述をしているのは、インタビューに答えている人ではなくて、記者の思い込みだと信じたいですが、ポルトガルでは20世紀中葉から1974年まで独裁政権が支配し、秘密警察が跋扈し、隣人が隣人を告発しあう社会が半世紀近く続いたことが、今の「おとなしい」ポルトガル人像を作ったことは明白です。
この「おとなしい」の裏には、「目立つ人間を徹底的につぶす」社会的心理があると、私は思っています。旅行者のほとんどは、ポルトガル人を純朴な人々と感じるようですが、少なくともその国の歴史や社会を研究している研究者は、もっと社会の深層を読み取る必要があるのではないでしょうか。

ちなみに現在のポルトガルの経済危機は、独裁政権時代から存在したニューブルジョワジー層が、自らの利益だけを追求し、経済循環をより良くするための、何の努力もしてこなかったことが原因だと思っています。
ポルトガルの経済危機は、産業が乏しいこともありますが、独裁政権時代から引きずっている社会的特性が大きな要因のひとつですから、日本よりも立ち直るのは難しいのではないかと、個人的には思っています。EUの資金援助が出れば、またそこに依存して、自分たちで立て直す手段の模索も怠ることでしょう。

そんな中でも、首相ソクラテスは、日本の現総理大臣よりも、ずっと有能で勇敢だと感じます。でももし私が首相を任命できるなら、レアル・マドリッドの監督モウリーニョを推薦したい!
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# by mihokodesousa1 | 2011-05-02 00:18

5月のシンポジウム

久しぶりの更新です。といっても宣伝です。
震災以来、かなり内向きな生活をしています。クリエイティブな力が湧いてこないのです。

5月の東方学会のシンポジウムで報告いたします。英語のセッションですが、翌日立教大学で、同じ内容の会議を日本語でします。
パネル参加者は、日本のアジア史を牽引している有名どころなので、同席するのは恐縮・・・。
震災の後、なかなか頭が元に戻らないので、とりあえず報告はあまり新しいものではなく、今まで何度か国際学会で報告してきた「なげがね」の話です。

立教大学アジア地域研究所ホームページ


第56回国際東方学者会議

東南アジア港市国家論 (Port States in Southeast Asia)

Chairperson: HIROSUE Masashi 弘末雅士, Professor at Rikkyo University

10:30-10:45 Introductory Remarks by HIROSUE Masashi
10:45-11:45 Dhiravat NA POMBEJRA (Thailand): Osoet Revisited: Women and Trading
         Networks in Mid-Seventeenth Century Ayutthaya (オスト再考――17世
         紀中葉のアユタヤにおける女性と交易ネットワーク) (in English)
lunch time 13:00-13:40
ŌTA Atsushi 太田淳 (Japan): Disconnection and Redirection: Port and Rural Society
          in Banten and Batavia, c. 1740-1800 (流動する関係――1740-1800年
         頃のバンテンとバタヴィアにおける港と地方社会) (in English)
13:40-14:20 OKA Mihoko 岡美穂子 (Japan): Changes in Trade Investments in Maritime
          Asia from the 16th to 17th Centuries (16世紀~17世紀の海域アジアに
          おける貿易投資の変遷) (in English)
14:20-15:00 TOMITA Aki 冨田暁 (Japan): West Borneo in the “Age of Development”
          and Its Port States: The Founding of Pontianak and Maritime Southeast
          Asia in the Late Early Modern Era (「開発の時代」の西ボルネオと港市
          国家――ポンティアナックの成立と近世後期東南アジア海域世界) (in
          English)
coffee break
15:15-15:35 Comment by SHIMADA Ryūto 島田竜登, Associate Professor at Seinan
         Gakuin University
15:35-15:55 Comment by SUZUKI Tsuneyuki 鈴木恒之, Professor at Tokyo Woman’s
         Christian University
16:00-17:00 Discussion
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# by mihokodesousa1 | 2011-04-21 16:49

新刊紹介

2月13日付の長崎新聞で新刊紹介していただきました。
ちょっと読みにくいですが、こちら。画像をクリックすると拡大できます。
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きちんとこちらの意図した内容をくみ取っていただけて、嬉しいです。

壁紙のデザインを変えてみました。まだまだ寒いですが、桜の季節が待ち遠しいということで。
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# by mihokodesousa1 | 2011-02-20 15:17 | 報道

咲耶会東京支部会

旧大阪外国語大学の同窓会「咲耶会」での講演にご招待いただきました。
会場にいらした方の中には、さっそく本を買ってくださっていた方や、このブログをチェックしてくださっている方がいて、嬉しい驚きでした。
もっとブログを充実させていかねば、と思いました。

講演会には恩師の武田佐知子先生が応援にかけつけてくださり、写真まで撮ってくださいました。
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私の日本語の話し方のマズさに対するご指摘も会場からあり、真摯に受け止めようと思います。
とはいっても、日常でもほとんど日本語を話していないので、話し方教室にでもいかなければ、直りそうにありませんが。

大阪外国語大学はもともと単科の小さな大学で、大学そのものは外国語学部として阪大と合併してしまいましたが、司馬遼太郎や陳舜臣など、有名な歴史作家を輩出している、少数精鋭なところです。
当日、会場にいらした方々も、なかなか風采の立派な紳士・淑女の方が多かったような気がいたします。

会場は学士会館だったのですが、初めて入りました。重厚な雰囲気で、中の喫茶店もなかなか素敵でした。神保町の散歩ついでに、おすすめの場所です072.gif
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# by mihokodesousa1 | 2011-02-17 13:05 | 日々つれづれ

ゴアの歴史文書館

最近、一昨年秋のマラバール海岸(インド西岸)調査について、思い出すことが、しばしばあります。
それはこの調査で同行したメンバーの一部と科研を組んでいて、つい先日もそのワークショップがあったことや、11月にイベリア調査したメンバーと重なっているという理由もあります。
あと依頼エッセイが1本あって、そのネタにこの調査の話を使おうかなと考えていたりもします。
あまりに壮絶な旅だったので、旅行の記憶が残りにくい私の頭にも鮮明に残っています。

成田空港に集合して、エア・インディアで、まずはデリー経由ムンバイへ。機内はすでにカレーの匂いです。
最初はムンバイに1泊して、そこから飛行機でインド最南端のコモリン岬を目指し、そこから徐々にミニバスで北上するという行程でした。毎日早朝に出発して、夜中に次の目的地のホテルへ着くという強行軍。
極め付きは、3段ベッドの寝台列車で、ほかのメンバー(全員男性)に混ざって寝るという体験。危険かも(?)という理由で、日本中世対外関係史の大御所M先生に、私の下段に寝ていただいたら、M先生はインド人男性に一晩中見つめられて、「身の危険を感じた」と翌朝おっしゃってました。

最終日、私は他のメンバーと別れて残り、1週間ゴアの歴史文書館で『モンスーン文書』のオリジナルを調査いたしました。
ゴアに到着してから、色々と我々の面倒を見てくれたHeritage Holidays & Travelsという旅行会社の支配人SAVIO PINTO氏に、調査後のマイクロフィルム代の支払いや郵送など手伝ってもらいました。
この旅行会社は、日本のインド旅行大手アショカツアーズの斡旋で我々の面倒を見てくれたのですが、ガイドさんも支配人も誠実で、きちんとした人でした。
ゴアの歴史文書館で、大量のマイクロ撮影してもらう場合、それなりに時間がかかりますし、代金の支払いも現地でしかできないので、こういう代理人の手配は必須だと思います。

今日、たまたまPINTO氏から、メールが送られてきました。ゴアを発ったときは、すぐにまた調査で戻るつもりだったのですが、結局もう1年以上も経ってしまいました。しばらくゴアへ行けるか分かりません・・・・。
でも言葉のわからない場所でのフィールドワークには、やはり信頼できるガイドさんが必要ですから、いいご縁があったと思います。ちなみにPINTOはポルトガル系の姓です。ご本人はふつうにインド人だと言ってましたが、我々からみると西洋人の血が混じっているように見えました。

もしかしたらゴアでフィールドワークするかもしれない方のために、会社の案内を記しておきます。
Heritage Holidays & Travels,
208, Citicentre, 2nd Floor,
19, Patto Plaza,
Panjim-Goa.403001.

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# by mihokodesousa1 | 2011-02-03 22:20 | 研究の旅

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など


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