産休中です。

無事出産を終え、ただ今産休中です。
このブログでは、あまりプライベートなことは表に出さないつもりですが、子供ができたことで、仕事をしていく上でも色々な意識の変化がありそうです。たまに女性研究者として考えることなど、書くこともあるかもしれません。
出産までも、女性が仕事と妊娠状態を両立することに関して、色々と考えることがありました。結果的には、自分のプライドと人に迷惑をかけられないという思いから、前日まで人前で研究報告することになりましたが、本当は自重するべきだったかなと後悔したことも・・・。

一応、産後の回復も順調なので、1月にはまた少しだけ研究会報告で復帰します。
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# by mihokodesousa1 | 2011-12-09 17:27

今年は、昨年出版した本の影響もあってか、色々なところにお招きいただいて、口頭報告がとても多い年となりました。そんななかで、この夏は、自分にとってはほぼ初めての「キリシタン」に正面から向き合った論文を書いていました。
この論文が掲載される予定の論文集は、他の原稿がそろわなくて、どうやら出版が一年以上延期されるようなので、取り下げさせていただくことも考えています。某有名誌から寄稿依頼が来ているのもあって、きちんと人目にふれるところに出してあげたいです。
有職者の中堅以上になると、論文集などの原稿を1年以上遅らせてしまう方を、たまにお見かけしますが、これは先を急ぐ若手のキャリア妨害だと思います。いつも締め切りに追われて苦しいのは、ある程度知られたヒトなら皆一緒だと思いますので013.gif

通常は口頭報告してから、ペーパーにするのですが、この論文の内容はまだ人前で披露していなっかたので、明日のユーラシア科研の研究会で初披露です。
そしてこれが今年の私の研究活動の〆です。あさってから入院して出産予定です。
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# by mihokodesousa1 | 2011-11-19 13:30

日銀でセミナー

一昨日は阪大の海域アジア史研究会で報告し、懇親会はオレンジジュース1杯を飲んだだけで飛行機に飛び乗り、月曜日は日銀の貨幣史博物館のセミナーで報告してきました。
クローズドな研究会ですが、名だたる中世~近世の経済史研究者がお揃いで、かなり緊張。
体調の関係で、報告時間1時間スタミナがもたず、要点をおさえた報告ができず残念・・・。
でも会場の先生方からは、大変有意義な指摘やコメントをいただいたので、今後の研究に生かせそうです。

考えてみると、この2ヶ月くらい、異常な頻度で日本各地へ出張っていました。その反動で、今日は一日ダウン。
実はすでに臨月に入っているので、非常勤の講義がある金曜日以外は、毎日家の中でまったりと過ごします。
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# by mihokodesousa1 | 2011-11-01 18:26

海域アジア史研究会

研究会の通知です。いつもお世話になっている中島楽章さんとの二本立てで、けっこう充実した内容?になっていると思います。

【海域アジア史研究会10月例会】

日時:2011年10月30日(日)   13:30~17:00

会場:大阪大学豊中キャンパス文法経本館 中庭会議室(建物玄関を入って直進し、中庭へお進み下さい)    

*大阪大学へのアクセス (http://www.osaka-u.ac.jp/jp/accessmap.html)     

豊中キャンパスの地図 (http://www.osaka-u.ac.jp/jp/annai/about/map/toyonaka.html) 
豊中キャンパスの地図の②の建物です。図書館側の入り口からお入りください。


報告者・報告タイトル(敬称略)

報告者:岡美穂子(東京大学史料編纂所)
題目:17世紀~18世紀ポルトガル人のアユタヤ貿易:ナライ王からターイサ王の時代を中心に

報告者:中島楽章(九州大学人文科学研究院)
題目:16世紀末の福建ネットワークと日本列島


内容(岡美穂子):16世紀にアジア間交易を席巻したポルトガル人は、17世紀初頭オランダ東インド会社との勢力争いに敗れ、アジアをめぐる世界史の表舞台からは姿を消した。しかしながら彼らやその子孫たちは、アジアの港市に土着化し、とりわけ他のヨーロッパ勢力の商館と現地社会を結ぶ役割等、交易の重要な担い手であり続けた。アユタヤには16世紀以降、「バン・ポルトガル」と呼ばれるポルトガル人の居住区があり、東南アジアの他の港市と比較しても、彼らのプレゼンスはそれなりに重要であったと考えられるが、実際のところ、アユタヤのポルトガル系住民の実態や、東アジア最大のポルトガル人居住区であるマカオとの関係などは、明らかにされずにあった。本報告では、これまで日本では紹介されたことのない多くの史料を用いて、これらの実情解明に迫ることを目的とする。


内容(中島楽章):14世紀末に成立した明朝の朝貢貿易体制は、16世紀中期には混乱を深め、1570年前後には、海域・内陸アジアの双方で、朝貢セクターと互市セクターが併存する新たな地域システムへと再編された。 この「1570年システム」のもとで、海上貿易の二大拠点となったのが、福建南部の漳州湾と、広東の広州湾である。前者からは華人海商の交易網が南シナ海域にひろがり、マニラではスペイン・ガレオン貿易とリンクした。後者からはポルトガルの交易ルートが、南シナ海・インド洋、および日本へと延びていった。一方で華人海商の日本貿易は依然として禁止されていたが、実際には日本銀を求めて日本に密航する福建海商は跡を絶たなかった。本報告では、中国・日本・西欧史料にくわえ、近年の考古学研究の成果も参照して、16世紀末における福建海商ネットワークの日本列島への拡大と、それに対する豊臣政権の対応を検討してみたい。



*資料代として200円ご用意ください。
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# by mihokodesousa1 | 2011-10-17 11:41

平戸・長崎

やはり活動宣伝ブログがないと、何かと不便なのと、楽しみにしてくださっている方もいると聞くので、ポチポチ再開することに。

先週金曜日から、長崎県の平戸と長崎市内で会議と調査へ。
会議では、イタリア海洋都市史の超有名な先生もいらした。私は夕食席で隣に座ったけど、自己紹介もしなかったので、きっとあちらは私が何者だったか分からずじまいだったに違いない。

今回の調査先は、長崎の純心大学博物館の所蔵史料と、長崎歴史文化博物館でした。純心大学には、幕末に潜伏キリシタンを「発見」した宣教師プチジャンの書簡集の写本が所蔵されています。
原本は行方不明らしいので、この写本が「エリア写本」として、これまでの翻訳のベースになってきました。
翻訳書簡集で、ちょっと疑問に思う箇所があったので、原文を確認。
それにしても純心大学は、ものすごい山の中にあった。女子修道院も兼ねているからかもしれないが・・・。
大阪大学箕面キャンパスよりも不便な大学は、初めてかもしれない・・・。

今、仕上げにかかっている論文の題材が、浦上天主堂にあって原爆で消失したカクレキリシタン秘蔵の絵画なので、浦上天主堂と原爆資料館にはじめて行きました。
浦上天主堂は原爆で全壊したので、資料館のほうで展示されている復元や昔の写真が参考になりました。
実は、長崎で原爆資料館に行ったのは初めて。あらためて、核の恐ろしさを実感。
と、同時に、長崎のキリシタンの歴史の奥深さを感じました。
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# by mihokodesousa1 | 2011-09-14 17:03 | 研究の旅

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など