貿易陶磁研究会

夏休みは、外海地方のキリシタン布教の論文執筆以外は、ほとんど何もせずに終わりました。
キリシタン史の方は、実はあまり熱心にやってこなかったのですが、現存するカクレキリシタンの調査を出発点にすると、16・17世紀の布教にもなかなか面白いものが見えてきました。
この論文は民博の「キリスト教文明とナショナリズム」という共同研究の成果として、来春刊行される予定です。

9月は長崎・平戸出張が1回、月末に大分出張が1回です。平戸では現在長崎県が推進中の世界遺産登録プロジェクト関連の会議に出席します。
大分では、貿易陶磁研究会で報告。私は陶磁器のことは専門外なので、南蛮貿易のアウトラインを示す役割を期待されているのだと思います。
他の方の報告を聞くのが楽しみです。

                  記
日時 2011年9月24日(土)10時~12時;13時30分~17時20分、
        25(日) 9時~15時
場所 大分県立芸術文化短期大学 大講義室(下記参照)

9月24日(土)豊後府内遺跡 現地見学会(約2時間)
集合時間:10時    
集合場所:大友氏遺跡体験学習館 (別添の地図をご参照下さい。)
住所: 大分市大字大分4257番地の1 Tel: 097-544-5011
JR大分駅より徒歩30分
大分バス  元町・富岡・滝尾循環 元町経由古国府循環 東元町下車 徒歩3分

13:00開場 13:30発表開始  大分県立芸術文化短期大学 大講義室

1 南蛮貿易のルートと移動商品   岡 美穂子(東京大学史料編纂所)
2 豊後府内の対外交流とその周辺      坂本 嘉弘(大分県教育庁埋蔵文化財
センター)
3 戦国大名大友氏と「南蛮」国   鹿毛 敏夫(新居浜工業高等専門学校)  
4 豊後(大友)府内城下町出土の華南三彩陶  木村幾多郎(九州考古学会) 
5 豊後府内出土の貿易陶磁-実物資料の紹介をかねて-
                  吉 田 寛(大分県教育庁埋蔵文化財センタ
ー)
  
9月25日(日)
1 琉球貿易と朱印船貿易に伴う貿易陶磁器
-堺環濠都市遺跡から出土した貯蔵容器を中心に-
         續 伸一郎(堺市博物館)
2 九州西岸の東南アジア陶磁と華南三彩
      川口 洋平(長崎県世界遺産登録推進室) 中 山 圭(天草
市教育委員会)
3 陶磁器からみた琉球の南海貿易 -東南アジア産陶磁器・華南三彩を中心に-
                  新 垣 力(沖縄県立埋蔵文化財センター)
4 タイ陶磁器流通における豊後府内、南蛮貿易の位置づけ
                  向 井 亙(金沢大学 国際文化資源学研究セ
ンター) 
5 ベトナム陶磁史における大分県出土ベトナム陶磁の位置づけ
                  西野 範子(金沢大学 国際文化資源学研究セ
ンター)
6 華南三彩の研究-現状と課題
森 達 也(愛知県陶磁資料館)  
7 全体討論 司会(関 周一・他未定)
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# by mihokodesousa1 | 2011-09-01 14:58

東方学会で報告して以来、史料の読み込みに集中してきた、アユタヤのポルトガル人投資貿易の論文が、ようやく出来上がり間近になりました。
今回はテーマが18世紀のアユタヤだったこと、タイ語が読めないことで、かなり苦労しました。
いくつかの史料には、ローマ字でタイの干支暦が書かれていて、この解読が大変でした。タイ人の研究者の知人に聞いても、「よく分からない」と言われてしまい。
でも試行錯誤の結果、たぶんこれでいいのだろう、という西暦変換ができました。合っているかどうか確証はないのですが・・・。これは東方学会の方で、英訳してくれるそうなので、少し広範囲な普及が見込めます。

そんなこんなしているうちに、以前このブログでもお知らせしていた、いろは丸とロウレイロの小論が『日本歴史』6月号で掲載されました。
「ポルトガル領事のみた幕末長崎―大洲藩船いろは丸のポルトガル語売買契約書を手がかりに―」。

最近は、原稿用紙30枚程度の小論(雑文)執筆が増えていて、ほぼ毎月全然違うテーマで書いています。
この夏は、カクレキリシタン関係の論文を2本執筆予定。これも初めての取り組みですが、6月に外海でオーラルヒストリーの調査をしてきたので、モチベーションは上昇中。
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# by mihokodesousa1 | 2011-07-20 21:59

大阪外国語大学(大阪大学外国語学部)の同窓会である咲耶会で、教員や卒業生の著作を対象として、毎年選ばれる「文人倶楽部賞」で、大賞をいただきました☆
で、昨日の恵比寿ビアステーションで開催された同窓会に出席し、表彰を受けてきました。

同窓会は意外なことにも、大学を卒業して間もない若者が大半で、最近の音楽が大音量で流れ、踊っている人もいるという、なんだか私の普段の地味~な生活とは、かけはなれた雰囲気・・・。でも確かに私も外大生だった頃は、学内のパーティーなんかでもしっかり踊っていたのを思い出しました。

以前東京支部会の講演でお会いした、ベテランの方々とお話しているほうが馴染む、というのは若さが足らないのかもしれません・・・。

どうやら私の世代~50代までの人は、大変少ないように見受けました。みなさん、仕事や育児が大変な世代で、同窓会にはちょっと縁遠いのかもしれませんね。
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# by mihokodesousa1 | 2011-06-19 16:40

書評会

北海道大学の松浦正孝先生のゼミで7月5日に『商人と宣教師』の書評会を開催していただけるそうです。
北大に留学中の澳門からの留学生が評者です。
この本は、日本史の部分よりもマカオ史の部分が、比較的新しい試みなので、澳門の方にどう評されるのか、楽しみです。
私もお招きいただいたので、初夏の札幌へちょっと行って参りたいと思います。
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# by mihokodesousa1 | 2011-06-09 21:07

たまたま、今の日本の状況と、250年前のリスボン大地震後のポルトガルを比較して、日本ももうポルトガルのように復活できないのではと言っている記事を見つけました。

記事はこちら

なるほどと思う面もありつつ、日本とポルトガルで決定的に違うはずの歴史と国民性を、ここでインタビューされている研究者がまったく言及していないのが気になりました。

大航海時代のリスボンはヨーロッパ外の商品がまず最初に荷降ろしされる港として栄えましたが、国自体が、イメージされているように大繁栄したわけではありません。
むしろ優秀な人材や資本が海外へ流出してしまったので、16世紀以降衰退がはじまり、17世紀以降は完全に斜陽に陥ったといえます。
地震が起こった18世紀中頃は、日本とは比べ物にならないほどの、社会的停滞期でした。ただ日本と違うのは、その後、ポンバル侯爵という偉大な宰相が政治改革を含め、社会変革を推進し、その後ナポレオン軍の侵攻を受けつつも、高い文化レベルの国風を20世紀初頭まで維持していたということです。
ポルトガルは、地震のあと、そのまま今の経済危機につながるような停滞に陥ったわけではなく、むしろいったんは復活したといえるはずです。
「ポルトガル人がすっかりおとなしくなってしまったのは地震のせい」などと想像の行き過ぎた記述をしているのは、インタビューに答えている人ではなくて、記者の思い込みだと信じたいですが、ポルトガルでは20世紀中葉から1974年まで独裁政権が支配し、秘密警察が跋扈し、隣人が隣人を告発しあう社会が半世紀近く続いたことが、今の「おとなしい」ポルトガル人像を作ったことは明白です。
この「おとなしい」の裏には、「目立つ人間を徹底的につぶす」社会的心理があると、私は思っています。旅行者のほとんどは、ポルトガル人を純朴な人々と感じるようですが、少なくともその国の歴史や社会を研究している研究者は、もっと社会の深層を読み取る必要があるのではないでしょうか。

ちなみに現在のポルトガルの経済危機は、独裁政権時代から存在したニューブルジョワジー層が、自らの利益だけを追求し、経済循環をより良くするための、何の努力もしてこなかったことが原因だと思っています。
ポルトガルの経済危機は、産業が乏しいこともありますが、独裁政権時代から引きずっている社会的特性が大きな要因のひとつですから、日本よりも立ち直るのは難しいのではないかと、個人的には思っています。EUの資金援助が出れば、またそこに依存して、自分たちで立て直す手段の模索も怠ることでしょう。

そんな中でも、首相ソクラテスは、日本の現総理大臣よりも、ずっと有能で勇敢だと感じます。でももし私が首相を任命できるなら、レアル・マドリッドの監督モウリーニョを推薦したい!
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# by mihokodesousa1 | 2011-05-02 00:18

南蛮貿易、大航海時代、マカオ、長崎など